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大阪地方裁判所 昭和58年(行ウ)27号 判決 1988年5月16日

原告

柴田ノブ子

右訴訟代理人弁護士

中北龍太郎

村田喬

近森土雄

被告

天満労働基準監督署長

須藤高明

右指定代理人

竹中邦夫

田中泰彦

小森省三郎

松田勝

南敏春

安田晴夫

主文

一  被告が原告に対して昭和五四年七月二七日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  亡柴田久雄(昭和一四年一〇月一三日生、以下「久雄」という。)は、大阪府寝屋川市所在の株式会社つ吉建設(以下「つ吉建設」という。)に雇われ、主として大阪市内におけるガス管敷設工事に従事していたが、昭和五四年二月一二日、元請である鳳瓦斯工事株式会社が大阪市東成区東中本三丁目一六番二三号地先の現場(以下「本件現場」という。)において施工するガス管敷設工事に従事中、同日午後二時一〇分ころ脳出血を発症(以下「本件発症」という。)し、同日午後五時四〇分大道病院にて脳出血により死亡した。

2  久雄の妻である原告は、被告に対し、久雄の死亡に関し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償給付及び葬祭料の請求をしたところ、被告は、昭和五四年七月二七日付けで久雄の死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして、右遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

原告は、本件処分を不服として大阪労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたところ、同審査官は、昭和五五年一二月二四日付けで右請求を棄却する旨の決定をしたため、原告は、更に、労働保険審査会に再審査請求をしたが、同審査会は、昭和五七年一一月二九日付けで右請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決書は同年一二月二七日、原告に送達された。

3  久雄の死亡は、以下に述べるとおり、業務に起因するものであることは明らかであり、本件処分は、その判断を誤つた違法なものである。

(一) 久雄の労働内容と生活

(1) つ吉建設における出稼ぎ労働

久雄は、秋田県由利郡鳥海町で農業等に従事していたが、昭和五一年以降毎年一一月ころから翌年三月ころまでの間、つ吉建設において出稼ぎ労働に従事するようになつた。同社は、ガス管配管工事業者である鳳瓦斯工事株式会社の専属下請業者として、ガス管敷設工事及びこれに伴う道路の舗装割り、掘削、復旧工事等を行つていた。昭和五四年二月当時、つ吉建設の社員は役員を含めて一八名位であり、作業員は一三、四名であつたが、うち五名は久雄、佐々木常造と同人の息子二名、佐々木宏であり、いずれも郷里を同じくする出稼ぎ労働者であつた。

(2) つ吉建設における作業内容

つ吉建設はガス管の敷設工事を主たる業務としているが、右工事の通常の具体的手順は次のとおりである。

① 舗装割り(コンクリートブレイカー、以下「ブレーカー」という、により、道路のアスファルトやコンクリートを割る。)

② ガラ積み(割れたアスファルトやコンクリートの固まりを道路から出し、トラックへ積む。)

③ 砕石入れ(ガラを出した部分に砕石を敷きつめる。)

④ 仮復旧(砕石をランマーで固め平面にし、アスファルトを打設して道路を仮復旧する。)

⑤ 掘削(ユンボやスコップ等で仮復旧した状態の道路を掘り下げる。)

⑥ 配管(ガス管を新しく配管したり、古い管を入れ替えたりする。)

⑦ 復旧工事(工事前と同じように道路を舗装し元どおりにする。)

全工事を一度で行うと掘削に時間がかかり交通の妨げになるので、右①ないし④の工事(上掘り)と⑤ないし⑦の工事(本工事)とは分けて行われる。舗装の薄い道路では、右①ないし④の工事を行わず、初めから⑤ないし⑦の工事を行うことがある。

配管工事の性格上、作業はすべて屋外で行われ、夜間作業も全体の約四割に達している。昼間の作業に引き続いて夜間の作業に従事することも珍しくないし、夜間業務が連続することも多い。

久雄ら出稼ぎ労働者は、機械手元作業員として右①ないし⑦の作業のうち、ユンボの操作を除く全作業に従事していた。

(3) 出稼ぎ中の生活

久雄は出稼ぎ中は、大阪府寝屋川市木田元宮二丁目七七二の四所在のつ吉建設事務所に併設された二階建プレハブ建物の二階にある約21.6平方メートルの部屋で、同郷の前記四人とともに生活していた。右建物の一階は事務室で、隣接した別棟のプレハブ建物の一階は食堂及び工具室になつており、風呂と便所は別の付属建物の中にあり極めて不便であつた。また、寒気の遮断も十分でない軽量建物であるのにストーブやこたつなどの暖房器具はなく、厳冬期において寒さに震えていなければならなかつたし、カーテンが不十分なことや石工具室及び付近にある作業場からの騒音、並びに同室の他の作業員の存在により安眠を妨げられることが多く、休養を十分に取ることは困難であつた。賄い付きであつたが、食事は粗末なものにすぎず、重筋労働による疲労を回復するに足りるものではなかつた。

(二) 本件発症前日までの勤務状況

久雄は、死亡した直前である昭和五四年二月六日から九日まで四日連続夜間作業に従事した。このようなことは異例であり、同年一月以降は初めてのことであつた。

久雄は、二月一〇日は雨のため休んでおり、翌一一日も休日のはずであつたが、当日におけるつ吉建設からの指示により、大阪城を見物に行くついでに森ノ宮の工事現場二か所における落ち込み直し作業(仮復旧中の道路が陥没したための補修工事)に一、二時間従事した。

なお、つ吉建設における休日は一定しておらず、仕事の都合で急に休みになるか雨のため作業ができないため休みとなる例が大部分であつた。また、夜勤の指示も当日の夕方か前日の夕方になされるのであり、久雄らは休みたくとも自らの意思で休むことはできず、過酷な労働を強いられていた。

(三) 本件発症当日の作業内容

(1) 当日予定されていた作業

久雄の発症当日の昭和五四年二月一二日は、本件現場でガス管の敷設工事が予定されており、昼間は四車線道路を東西に横断し、長さ一七メートル、幅約0.8メートルにわたって、舗装割り、砕石入れ、仮復旧までを行うことになつていた。当日の夜間は同現場において、つ吉建設が、掘削、ガス管敷設、復旧工事を行う予定であり、昼は夜の仕事に備えて仮復旧までを行つた。

(2) 久雄の当日の作業

① 久雄は、当日午前六時ころ起床し食事を済ませた後、午前八時ころ、現場責任者の木下時盛(以下「木下」という。)、作業員の町浦常雄(以下「町浦」という。)、同佐々木常造(以下「常造」という。)及び同佐々木宏(以下「宏」という。)とともに、砕石や道具類を積んだ二トントラックに乗り、右木下の運転で、前記つ吉建設事務所を出発し、午前八時四〇分ころ本件現場に到着し、全員で、道路作業明示の立看板や安全柵を設置するなどの準備をした。

② 久雄らは、午前九時ころからブレーカーを用いて舗装割り作業を開始した。ブレーカーは二台用意されており、一台は久雄と常造、他の一台は町浦と宏の組み合わせで担当することになつた。久雄と常造のグループでは、まず久雄が担当し、三〇分ないし四〇分ブレーカー作業を行つた。久雄が疲れると常造に交代し、同人が一五分ないし二〇分間ブレーカーを操作し、また久雄に交代するという方法で作業を続けたが、午前中は久雄と常造の両名が三回づつブレーカーを扱つた。二人の操作時間に差があるのは、当時久雄は三九歳で体格も良く、他方常造は五四歳で小柄であつたためであり、久雄は一回につき常造の約二倍の時間ブレーカー作業を行つた。

③ ブレーカーを操作していない者は、舗装を割り始めるとしばらくして出てくるアスファルトやコンクリートのガラを、腰をかがめて拾い、地中から地上へ、地上からトラックへと運ぶ反復作業であるいわゆるガラ積み作業を行つていたが、右作業はすべて手作業であり、大きなガラは一五キログラム以上もあつて重量があるだけに重筋労働であつた。

④ 舗装割りとガラ積みが終わるとスコップで砕石を敷きつめ、ランマーで固めるが、これは比較的容易な作業である。作業は一車線ごとに行われ、仮復旧が終わると安全柵やコンプレッサーを次の車線へ移動し、新たな車線で舗装割りを開始するが、この間一〇分ないし一五分位ブレーカー作業が中断される。砕石は出発時に一部持参していたが、足りなくなると木下がトラックでつ吉建設の砕石置場まで取りに戻つていた。

⑤ 午前一一時三〇分過ぎか一二時前ころ、四車線のうち二車線の仮復旧(アスファルト打設を除く。)が終わり、午前中の作業を打ち切り昼食を取つた。昼食は道路端で弁当を食べ、喫茶店などに入つて休養することもなく、三〇分程度で昼休みを終えて午後の作業を開始したが、昼休み時間が短かつたのは当日は夜間作業も予定されており、少しでも早く作業を終了して宿舎へ帰り、夜に備えて休養したかつたためであつた。

⑥ 午後の作業は三車線目の舗装割り、ガラ積み、砕石入れ及び仮復旧であり、ブレーカー作業は午前と同じように久雄と常造が組み、まず久雄が三〇分ないし三五分操作した後常造と交代した。午後一時三〇分ころ三車線目(道路東端から12.2メートルの地点まで)の舗装割りが終了したところで、コンクリートの厚さが薄くなつていたため、四車線目は掘削の際機械で直接割れるとの判断により、ブレーカー作業を打ち切り、ガラの移動、砕石入れとランマー作業を行い、安全柵を片付け、残るは仮復旧工事の仕上作業である三車線全体のアスファルト打設のみとなつた。

⑦ 久雄は、午後二時一〇分ころ、コンプレッサー車を運転して移動し終つたとき発症し、直ちに救急車で大阪市城東区内の大道病院へ運ばれ治療を受けたが、同日午後五時四〇分死亡した。

(3) 久雄のブレーカー作業時間

久雄は常造と二人で組んで、午前九時から午後一時三〇分までの間ブレーカー作業に従事していた。この間、第一、二車線の砕石入れとランマー固め(一車線一〇分)、車線の移動(五分)及び三〇分の昼食時間を含んでいるから、ブレーカー自体の操作時間は二人で合計二一五分と推定され、このうち年令と体力との関係から久雄と常造の操作時間の割合はおおむね二対一の割合であつたので、久雄のブレーカー作業時間は合計一四〇分ないし一四五分ということになる。

(4) コンクリートの厚さについて

本件現場の道路では他の現場と異なり、一五センチメートルのアスファルト舗装の下に厚いところでは三〇ないし四〇センチメートルのコンクリートがあつて、これを割るために通常とは異なる強い力を必要とした。

(5) 通常業務との差

久雄の当日の作業は前述のとおりであるが、通常作業と比べて、ブレーカー作業を集中的に長時間行つていること、一般道路と比べるとコンクリート部分が非常に厚く割るのに苦労していること、ブレーカーを操作していないときにもガラ積み(コンクリートが厚かつたので、ガラの量も多く重量のあるものも多かつた。)という重筋労働に従事しており、重労働の連続であつたこと、交通量の多い幹線道路で緊張を強いられていたこと、夜間作業が予定されていたので作業を急いでおり、休憩を取らず昼食時間も三〇分に過ぎなかつたことが特徴としてあげられる。

(四) 久雄の過労と脳出血

(1) 労働環境のなかにある身体的精神的な有害要因の影響の総和である過労は、脳出血や心筋梗塞に代表される循環器疾患の原因となるとともに、基礎疾病を増悪させて急性増悪による死亡を招く原因ともなる。

(2) 久雄は、冬期に外気の吹きさらしの作業現場でガス管敷設工事の重労働に従事しており、作業内容には騒音や振動を伴うブレーカーによる舗装割り作業があるうえに、休日は不定期で深夜勤務が頻繁にある不規則な労働を繰り返していたものである。更に、久雄は出稼ぎ中で家族のいる秋田県から離れ大阪府寝屋川市内のつ吉建設の宿舎で生活していたものであり、家族団らんの時間をもつことができず、団体生活であるうえに、勤務時間が直前まで分からないという不規則な勤務形態のために、同郷の職場の同僚と話をする以外に趣味や教養の時間をもつことはできなかつた。そのうえ、久雄は、夜勤明けでも同室に昼間勤務の人がいるため人の出入りの都度目が覚めて、睡眠も十分に取れなかつた。

(3) 久雄は、ブレーカー作業の騒音や振動によつて身体への有害な影響を被つただけでなく、深夜勤務の繰り返しにより生態リズムを崩し、不規則な勤務のために絶えず精神的緊張に陥つたにもかかわらず、出稼ぎ中であるため家族の団らんによつてストレスを解消することもできず、睡眠さえ十分に取れないため疲労を回復させることができなかつた。久雄は本件発症当時、前年の一一月からの出稼ぎによる疲労の蓄積によつて、過労の極に達していた。

(五) ブレーカー作業と脳出血

(1) 重激作業としてのブレーカー作業

ブレーカー作業は、著しい騒音と振動及び排気を伴う重量の工具を適切に使用しないと効果のない作業であり、重激作業であるばかりでなく、先端がとがつているため安全性にも気遣いが必要な緊張を要する作業である。

(2) 振動作業の規制について

ブレーカー作業のような振動作業については、「チェンソー以外の振動工具の取扱い業務に係る振動障害予防対策指針」(労働省労働基準局長通達、昭和五〇年一〇月二〇日基発第六〇八号、以下「本件指針」という。)が定められており、本件指針によれば、ブレーカーの作業時間について、「一日における振動業務の作業時間(休止時間を除く。)は二時間以内とすること。」「振動業務の一連続作業時間は、おおむね一〇分以内とし、連続作業の後五分以上の休止時間を設けること。」とされている。

しかるに、久雄は、本件発症日、一四〇分ないし一四五分間ブレーカー作業に従事し、一回につき三〇分ないし四〇分間ブレーカー作業を行つたもので、本件指針の作業時間制限に違反する作業状況であつた。

また、つ吉建設は久雄に対して、本件指針によつて必要とされている安全教育の実施及び防振手袋の支給をしておらず、作業開始時における体操も行つていなかつた。

(3) 健康診断の必要性

本件指針は、ブレーカー作業の従事者に対する特別の健康診断の必要性について定めており、また「重度の高血圧のある者は、振動工具の取扱い業務に就かせることは望ましくないと考えられる。」としている。ところが、久雄はつ吉建設において健康診断を一切受けていない。血圧検査は健康診断の内容になつているので、久雄が健康診断を受けていれば、ブレーカー作業に従事することは避けられたはずである。

(4) ブレーカー作業と血圧の上昇

振動作業は血圧の上昇を招くものであり、ブレーカー作業が血圧を上昇させることは常識的に理解できるところである。久雄は長時間にわたつてブレーカー作業に従事したため血圧が上昇したものと推認され、同人は本件事故当日のブレーカーの重激作業が引き金となつて発症し死亡したものである。

(六) 久雄の基礎疾病と業務起因性

久雄は中等度の本態性高血圧の基礎疾病を有していたが、右高血圧は血管系や内臓等には動脈硬化等の気質的変化をほとんど伴わない症状であつた。

一般に高血圧症の増悪は、過労、重激労働、肉体的・精神的ストレス、生活環境の変化や悪化、寒冷下での労働、夜勤労働等、労働その他の生活環境によつても規定されるものであるところ、久雄は出稼ぎ労働者として、地元とは激変した環境下で、不便かつ憩いのない生活を劣悪な居住環境の下で送りながら、日常的に寒冷下の戸外で夜勤を含む重労働に従事してきたが、本件事故直前には四日連続の夜勤に従事し、本件疾病発症当時には、肉体的・精神的疲労が蓄積していたうえに、長時間重激で精神的ストレスの生じやすいブレーカーを用いてアスファルトやコンクリートを破砕する作業や、重いガラ積み等の作業を遂行していたため、わずか三九歳という若さで死亡したものであるから、久雄の基礎疾病がその一因をなしているとはいえ、これに同人の右業務が共働して、単なる基礎疾病の自然経過による増悪を著しく越えて、その症状を急激に増悪させ、病状の進行を早めた結果、脳出血による死亡を招いたものと認められる。

4  以上のとおり、久雄の死亡は業務上のものであるから、本件処分は違法であり、取り消されるべきである。

よつて、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の冒頭の主張は争う。

(一)(1) 同3(一)(1)の事実のうち、昭和五四年二月当時のつ吉建設の社員及び従業員数を除き認める。

(2) 同(2)の事実のうち、つ吉建設はガス管の敷設工事を主たる業務としていること、右工事の通常の具体的手順は原告主張の①ないし⑦とおりであること、久雄ら出稼ぎ労働者は、機械手元作業員としてガス管敷設工事のうちユンボの操作を除く全作業に従事していたことは認める。

(3) 同(3)の事実のうち、久雄は出稼ぎ中は、大阪市寝屋川市木田元宮二丁目七七二の四所在のつ吉建設事務所に併設された二階建プレハブ建物の二階にある約21.6平方メートルの部屋で同郷の四人とともに生活していたこと、その一階は事務室であること、別棟のプレハブ建物が隣接していること、風呂と便所は別の建物の中にあつたことは認めるが、右部屋には暖房器具がなかつたこと及び久雄はカーテンが不十分なことや付近にある工具置場や作業所からの騒音のため安眠を妨げられることが多く休養を十分取ることは困難であつたことは否認する。

右部屋には、石油ストーブと電気こたつ各一台が設置されていた。また、右宿舎の約二四メートル北方に修理場等があるが、そこでは簡単な車両の整備等を行つていた程度で騒音が生じることはなく、右距離及び部屋の窓はスチールサッシのガラス窓であつたことからして、夜間作業を終えた作業員が昼間安眠できないほどの騒音が室内まで侵入したとは考えられない。

(二) 同3(二)の事実のうち、久雄は昭和五四年二月六日から九日まで四日間連続夜間業務に従事したこと、これは同年一月以降初めてであること、同年二月一〇日は仕事が休みであつたこと、翌一一日も休日のはずであつたが、大阪城を見物に行くついでに作業に従事したことは認めるが、その作業時間及び久雄らは休みたくとも自らの意思で休むことはできず過酷な労働を強いられていたことは否認する。二月一一日に作業に従事したのは約二〇分間にすぎない。

(三)(1) 同3(三)(1)の事実のうち、本件発症日に本件現場で夜間作業が予定されていたことは否認し、その余の事実は認める。

(2)① 同(2)①の事実は認める。

② 同②の事実のうち、久雄らは午前九時ころから二台のブレーカーを用いて舗装割り作業を開始したことは認めるが、その余の事実は否認する。久雄ら五人は、木下と町浦の組と、常造、宏と久雄の組とに別れて二台のブレーカーを使用したもので、ブレーカーの一連続作業時間は一〇分ないし一五分程度で、各組内で交代しあつて使用した。

③ 同③の事実のうち、皆でガラをトラックに積むガラ積み作業をしたことは認めるが、ガラ積み作業はすべて手作業であること、大きなガラは重量があること及びガラ積み作業は重筋労働であることは否認する。

④ 同④の事実のうち、舗装割りとガラ積みが終わるとスコップで砕石を敷きつめランマーでつき固める作業をすることは認める。

⑤ 同⑤の事実のうち、午前一一時三〇分ころ、四車線のうち二車線の仮復旧(アスファルト打設を除く。)が終わり、午前中の作業を打ち切り昼食を取つたこと、昼食は道路端で弁当を食べ、喫茶店などで休養することはなかつたことは認め、その余の事実は否認する。

⑥ 同⑥の事実のうち、午後久雄と常造が組んでブレーカーを操作したこと、久雄のブレーカーの作業時間及び本件現場にコンクリートがあつたことは否認し、その余の事実は認める。

⑦ 同⑦の事実は認める。

(3) 同(3)の事実のうち、久雄のブレーカーの作業時間が合計一四〇分ないし一四五分であることは否認する。当日、三車線分の舗装割りをするのに要した二台のブレーカーの延作業時間は長くても約二四〇分であり、五人で平均すると一人当たり、四八分ということになり、久雄はこれより多かつたとしても六〇分を大幅に越えたとは考え難い。

(4) 同(4)の事実のうち、本件現場の道路はアスファルト舗装であることは認めるが、その余の事実は否認する。右道路のアスファルト舗装の下にはコンクリートの敷設はなかつた。

(5) 同(5)の事実は否認する。当日の作業は通常の作業と比べて特に異なつたものではなかつた。

(四)(1) 同3(四)(2)の事実のうち、久雄はガス管敷設工事に従事しており、作業内容にはブレーカーによる舗装割り作業があること、久雄は出稼ぎ中で家族のいる秋田県から離れ大阪府寝屋川市内のつ吉建設の宿舎で生活していたことは認めるが、ガス管敷設工事が重労働であること及び久雄は夜勤明けでも同室に昼間勤務の人がいるため人の出入りの都度目が覚めて十分睡眠が取れなかつたことは否認する。

(2) 同(3)の事実のうち、久雄は本件発症当時、出稼ぎによる疲労の蓄積によつて過労の極に達していたことは否認する。

(五)(1) 同3(五)(1)の事実のうち、ブレーカー作業が重激作業であることは否認する。

(2) 同(2)の事実のうち、ブレーカー作業のような振動作業については本件指針が定められていること、本件指針において一定の場合において原告主張のようなブレーカー作業時間の定めがあること、本件指針は防振手袋の支給、安全衛生教育の実施及び作業開始時における体操の実施を求めていること、つ吉建設は久雄に対し防振手袋を支給せず、作業開始時における体操は実施されていなかつたことは認めるが、原告主張のブレーカー作業時間の制限が、本件久雄の作業の場合に当てはまること及び久雄の本件発病日におけるブレーカー作業の状況が本件指針の作業時間制限に違反するものであることは争う。

本件現場における作業は、本件現場の路面の材質、構造がアスファルトであるので、原告主張の作業時間の制限を受ける場合には該当せず、本件指針の「一日における振動業務の作業時間はできるだけ短時間、一連続作業時間は三〇分以内」の制限に該当するものである。また、そもそも本件指針は、ブレーカー等の手持ち振動工具について、身体の特定の部位に振動が伝達される局所振動障害の予防に関するものであり、全身的に負荷される全身振動に関するものでないから、脳出血の業務起因性の判断に本件指針を用いるのは妥当ではない。

(3) 同(3)の事実のうち、本件指針が健康診断の必要性について定めていることは認める。

(4) 同(4)の事実は否認する。ブレーカー作業は急激に血圧を上昇させるものではない。

(六) 同(六)の事実のうち、久雄は本態性高血圧症の基礎疾病を有しており、その基礎疾病の増悪によつて脳出血により死亡したことは認めるが、基礎疾病の程度は否認し、久雄の業務が同人の基礎疾病を急激に増悪させ、病状の進行を早めた結果、同人が死亡したことは争う。

3  同4の主張は争う。

三  被告の主張

1  脳出血と業務起因性

(一) 脳出血が業務上の疾病と認められるためには、労働基準法施行規則三五条別表一の二第九号「その他業務に起因することの明らかな疾病」にあたることが必要であり、右疾病とは、業務と相当因果関係をもつて発症した疾病をいうものと解される。

(二) 脳出血は医学的に見て、その基本的疾病として血管の病的過程が慢性の漸次的進行悪化を続ける要素と、一過性の血圧亢進のごとき局所血管壁に対する外因との二つの要素に分類される。

(三) 脳出血が業務に起因して発症したというためには、業務の遂行が有力な原因ないし誘因として発症したことが必要であり、通常の業務量を超過した労働その他血管破裂の主たる原因と認めるに足りる一過性の血圧亢進を生ぜしめた具体的事実がなければならない。他方、通常量の業務作業に従事していたときに発症した脳出血は、自然の経過によつて発症したものであると考えられるので、業務起因性は認められない。

(四) また、高血圧症等の基礎疾病を有している場合については、当該業務による急激な精神的肉体的負担が基礎疾病を急激に増悪させて発症するに至らせるなど、業務が基礎疾病と共働原因となつて発症の結果を招いたと認められることが必要である。これに対し、病的変化がはなはだ進んだ状態であつて、災害といわれるような業務活動がなくても、近いうちに自然に起こつてくるであろうという程度に達していた場合に発現した疾病は、その疾病の発展の自然の結果にすぎない。

(五) 基礎疾病を急激に増悪させるような業務上の要因については、発症前の健康状況、業務内容、勤務状況、超過勤務の状況、作業環境、職歴、業務内容の質的量的変化、発症当日又は直前の詳細な状況、臨床病状、その経過、検査結果等を総合的にみて判断すべきである。

2  久雄の健康状況

(一) 久雄は、昭和四八年六月に、秋田県の川内診療所で高血圧症と診断され、昭和五一年四月から降圧剤を服用するようになり、その後も昭和五二年五月一三日から同年六月一六日までの期間を除いて常に血圧値は高値をとり、次第に上昇する傾向を示していた。右時期に眼底検査を受けたところ、高血圧性眼底の所見があつた。久雄は、昭和五二年一〇月には二〇四―一二〇の血圧値を示し、速効性の降圧剤の注射を受けた。それ以降の同診療所での投薬の記録は不規則であり、昭和五三年には、ほとんど降圧剤を服用していない状況で、血圧値は高値を持続していた。なお、久雄は、昭和五一年七月には、同診療所で左心肥大と診断されているし、記入年月日は不明であるが、同診療所の診療録表紙には「脳卒中要注意」という記載がなされている。

(二) 右のように、久雄の高血圧症は、昭和四八年六月に診断を受けた時点から、拡張期圧が常に高値を示しており、この時期から末梢血管の収縮状態が続いていたものと推定され、昭和五一年七月の左心肥大も高血圧性肥大と考えられ、この時期には既に心血管系に高血圧症に伴う二次的な臓器障害がみられる段階になつていたといえる。また、久雄は本態性高血圧症であつたが、この疾病は適切な降圧剤療法の継続により、高血圧に基づく血管障害の進行を停止し、高血圧性合併症の発症を大幅に予防することができる。しかし、薬剤の投与を中止すれば血圧は早晩降圧剤投与前のレベル又はそれ以上に上昇し、そのうえ、高血圧に基づく血管障害がある程度以上進行している患者では、降圧剤中止後の血圧上昇は、脳卒中など血管合併症の発症を誘発するおそれがあり、短期間の降圧剤療法は、たんに血圧を動揺させる結果に終わり、患者にとつては逆に有害に働く可能性がある。

(三) 以上のことから、久雄は、出稼ぎ前の昭和五一年当時、既に脳細動脈に高血圧症に伴う血管壊死が発生していたことも十分推定される。

3  久雄の業務内容等

(一) 久雄の業務内容

久雄は、昭和五一年以降つ吉建設で働くようになつたときから死亡に至るまでの間、手元作業員として、ガス管敷設工事現場における舗装割り、ガラ積み、砕石入れ、仮復旧、掘削、配管、復旧等の諸作業に従事していたものであり、久雄にとつてこれらの作業は、昭和五一年以降季節的にではあるが、一貫して行つてきた作業であつて、同人はこれらの作業に習熟している状態にあつたものと考えられ、したがつて、これらの作業は通常作業で、慣行作業であり、重激な労働ではなかつた。

(二) ブレーカー作業

舗装割り作業は、ブレーカーによりなされていたが、当時使用されていたブレーカーはCB―三〇という機種で、全長約55.5センチメートル、重量約二九キログラムで、作業時にはこれを両手で保持し、その先端のチゼルを路面に押し付けるような姿勢をとりながら切破するもので、まず路面に垂直に下ろし、自重と振動を利用して自然体で穴を穿ち、その後これを斜めに構えて路面をはがし、次の動作にかかる際にはピストン振動を利用して移動させるものである。このようにブレーカー作業は、ブレーカーを地上に立ててその自重及び機械的推力を利用して行うものであり、習熟すればさしたる労力を要するものではなく、重激な作業とはいえない。また本件の作業の重激性を検討するには、その作業の血圧値変動に与える影響という観点からなされなければならないところ、ブレーカー作業が急激な血圧上昇をもたらすという証拠はない。

4  本件発症前日までの勤務状況

(一) 久雄の発病前一か月間(昭和五四年一月一二日から同年二月一一日まで)における労働日数は二四日(ただし二月一一日は約二〇分間だけ就労)で休日日数は七日である。また、夜勤日数は在勤日数のうち一〇日であり、右期間における昼勤拘束労働時間は最長八時間、最短五時間二九分(二月一一日を除く)、夜勤拘束労働時間は最長九時間四〇分、最短五時間一八分であつて、通常の所定業務の範囲内のものといえる。

(二) 久雄は、同年二月六日から九日まで四日間連統して夜勤に従事したが、右夜勤作業中は、終業時刻が午前〇時から三時前後で、始業時刻は翌日の午後六時から七時前後であり、その間宿舎に戻つていたことから、夜勤作業が直ちに疲労の蓄積を生じさせるとは考えられないうえ、久雄自身昭和五三年度は四日以上の連続夜勤を一一月に一回(八日から一一日まで)、一二月に二回(一一日から一五日まで、一八日から二二日まで)行つているものであつて、通常作業時との差としてこの点を強調するのは失当である。更に、本件発症日の前々日は休日であり、前日も約二〇分だけ就労したにすぎないのであつて、この点を考慮すると、発症当日(昭和五四年二月一二日)は通常時と特に異なる過労状態にあつたとはいえない。

5  久雄の発症当日の勤務状況

発症当日の作業が従来の作業と比較して、量的、質的に特に著しく過激、異常であつたと認めるべき事情はない。

6  以上のとおり、久雄の死亡は基礎疾病である本態性高血圧症が自然的経過により増悪し、たまたま業務遂行中に脳出血を発症したことにより生じたものであつて、同人の発症前日までの業務及び当日の業務内容からは、同人の身体に特に負担を与えたような事情は見いだせないから、業務と久雄の死亡との間には相当因果関係がないことは明らかであり、本件処分には何ら違法はない。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1(一)  被告の主張1(一)、(二)及び(五)は認める。

(二)  同(三)のうち、通常業務に従事していた場合には業務起因性は認められないとの主張は争う。業務起因性の判断にあたつては、通常業務自体の重激性を検討すべきである。

(三)  同(四)のうち、業務が基礎疾病と共働原因となつて発症の結果を招いた場合には業務起因性が肯定されることは認める。

2(一)  同2(一)の事実のうち、久雄は昭和四八年六月に秋田県の川内診療所で高血圧症と診断されたこと、その後眼底検査を受けたところ高血圧性眼底の所見があつたこと、昭和五一年には同診療所で左心肥大と診断されたこと、同診療所の診療録表紙には「脳卒中要注意」との記載がなされていることは認める。

(二)  同(二)の事実のうち、久雄は本態性高血圧症であつたことは認めるが、昭和五一年の左心肥大が高血圧症肥大であり、この時期に既に心血管系に高血圧に伴う二次的な臓器障害が見られる段階になつていたことは争う。

(三)  同(三)は争う。

3(一)  同3(一)の事実のうち、久雄は昭和五一年以降死亡に至るまでつ吉建設で被告主張の諸作業に従事していたことは認めるが、同人が右作業に習熟している状態にあり、右作業が通常作業で慣行作業であり、重激な労働ではなかつたことは争う。

(二)  同(二)の事実のうち、舗装割りはブレーカーによりなされており、ブレーカーを両手で保持しその先端のチゼルを路面に押し付けて舗装面を切破していくことは認めるが、ブレーカー作業は習熟すればさしたる労力を要するものではなく重激作業ではないこと及びブレーカー作業が急激な血圧上昇をもたらさないことは争う。

4  同4(二)の事実のうち、久雄は二月六日から九日まで四日間連続して夜勤に従事したこと及び本件発症日の前々日は休日であつたことは認めるが、夜勤作業が疲労の蓄積を生じさせないこと及び本件発症当日通常時と特に異なる過労状態にはなかつたことは争う。

5  同5及び6は争う。

第三  証拠<省略>

理由

第一訴訟要件

請求原因1(久雄の死亡等)及び2(本件処分の存在並びに審査請求及び再審査請求の経由)の事実は当事者間に争いがない。

第二業務上の起因性について

労働基準法七九条、八〇条所定の「労働者が業務上死亡した場合」には、労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料が支給されるところ、「労働者が業務上死亡した場合」とは、これを疾病による場合についていえば、労働者が業務に基づく疾病に起因して死亡した場合をいい、右疾病と業務との間に相当因果関係が存在することが必要である。本件において、久雄が本態性高血圧症の基礎疾病を有しており、その増悪によつて脳出血を発症して死亡したことは当事者間に争いがないところ、このように死亡の原因となつた疾病が基礎疾病に基づく場合であつても、業務の遂行が基礎疾病を急激に増悪させて死亡時期を早める等、それが基礎疾病と共働原因となつて死亡の原因たる疾病を招いたと認められる場合には、業務と死亡原因との間になお相当因果関係が存在するものと解するのが相当である。

第三本件発症と業務起因性の有無

久雄の死亡原因は右のとおり脳出血である。そして、<証拠>を総合すれば、脳出血とは脳実質内の血管(多くは動脈)が破綻し出血した状態をいい、その原因は、非生理的な外力が加わつた場合などを除けば、一般的に出血した血管に脆弱部が存在し、その部分がある誘因により破綻することによるものであること、右血管の脆弱は高血圧症もその原因であること、右破綻を導く誘因としては、血圧の上昇が最も大きなものであるが、右脆弱部の脆さの程度により、日常生活において通常予想される血圧の上昇によつても破綻する場合とそれよりもより大きな血圧の上昇がないかぎり破綻が生じない場合とがあること及び血圧の上昇は肉体的緊張、精神的緊張、寒さや温度変化などによりもたらされるものであることが認められる。

以上の事実によると、本件発症が久雄の業務に起因するものであるか否かを判断するためには、先ず久雄の高血圧症(基礎疾病)の状態がいかなる程度のものであつたのか、すなわち脳実質内の血管が日常生活において通常予想される血圧の上昇によつても破綻する程度にまで至つていたか否か(積極の場合、基礎疾病が死亡原因であり業務起因性は否定される。)、この点の判断が消極の場合には、更に久雄の当時の業務がより高度の血圧の上昇をもたらす内容のものであつたか否かを順次検討する必要があることになる。

一そこで、先ず久雄の高血圧症(基礎疾病)について検討する。

<証拠>を、総合すれば次のとおり認定判断することができ、これに反する<証拠>は前掲各証拠に照らし採用しない。

1  久雄は、昭和一四年一〇月一三日生で昭和五四年二月一二日の死亡当時は満三九歳であつたが、昭和四八年六月に地元の川内診療所で高血圧症との診断を受け、昭和四九年六月以降同五三年六月までの同人の血圧の状態は別表(一)のとおりであり、昭和五一年四月上旬から(それ以前は不明)同五三年三月まで右川内診療所で出された降圧剤を服用していたが、それ以後同診療所に通院しなくなり、昭和五三年六月の集団検診では血圧が高いといわれたが、その後同年一一月につ吉建設へ出稼ぎに来て、死亡するまで血圧のことで医者には行かず、降圧剤の服用はやめてしまつた。降圧剤の服用の中止は血圧の状態を不安定にし、悪作用が生ずるものであるが、久雄の血圧の状態は右のとおり収縮期圧は高いときで一九〇から二〇〇、普通のときで一五〇から一七〇、拡張期圧は高いときで一三〇、普通のときで九〇から一〇〇であり、降圧剤を服用しないと血圧は上昇するが、割合軽い降圧剤で血圧は下がつており、同人の血圧はコントロールしやすいものであることが窺える。

2  久雄は、昭和五一年五月の心電図検査では、アール波が高いため左室肥大と診断されたが、冠状動脈の硬化や心筋への相対的な酸素供給不足を示すエスティー・ティー変化を伴つていない状態であり、久雄が肉体労働やスポーツを続けていたことからして、右肥大は高血圧性心肥大であるともスポーツ心とも考えられ、いずれにしてもごく軽い心電図変化にしかすぎなかつた。

3  久雄は、昭和五二年五月の眼底検査では、高張性眼底と診断されたが、眼底の高血圧性変化は二度(中程度)、動脈硬化性変化は一度(疑い又は軽度)であつて、高血圧による小動脈変化は少し進んでいるが、動脈硬化はあまり進んでいない状態であつた。

4  昭和五一年五月及び九月並びに同五二年五月に行われた検査によると、久雄の賢機能は正常であつて、高血圧による賢臓への二次的な影響は認められなかつた。

以上のことから、久雄の高血圧症の程度は少なくとも中等程度の段階であつたものということができ、また降圧剤の服用を中止して一年弱で脳出血が発生しているのであるが、(そして専門家による積極消極両説の見解もあるが)この基礎疾病のゆえに久雄の脳実質内の血管が容易に破綻する程度にまで脆くなつていたと断ずるに至らず、むしろ久雄の年齢や右眼底検査及び賢機能検査の結果からするとかかる状態に至つていなかつたものと推認することができる。

二次に久雄の当時の業務内容について検討する。

1  久雄の労働内容と生活

(一) 請求原因3(一)(1)(つ吉建設における出稼ぎ労働)の事実のうち、次の(1)は当事者間に争いがない。

(1) 久雄は、秋田県由利郡鳥海町で農業等に従事していたが、昭和五一年以降毎年一一月ころから翌年三月ころまでの間、つ吉建設において出稼ぎ労働に従事するようになつた。同社は、ガス管配管工事業者である鳳瓦斯工事株式会社の専属下請業者として、ガス管敷設工事及びこれに伴う道路の舗装割り、掘削、復旧工事等を行つていた。昭和五四年二月当時のつ吉建設の作業員のうち五名は久雄、佐々木常造と同人の息子二名、佐々木宏であり、いずれも郷里を同じくする出稼ぎ労働者であつた。

(2) 証人宗吉勇尚の証言によれば、昭和五四年二月当時、つ吉建設の社員は役員を含めて一八名位であり、作業員は一三、四名であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) 同(2)(つ吉建設における作業内容)の事実のうち、次の(1)は当事者間に争いがない。

(1) つ吉建設はガス管の敷設工事を主たる業務としているが、右工事の通常の具体的手順は次のとおりである。

① 舗装割り(コンクリートブレーカー、以下「ブレーカー」という、により、道路のアスファルトやコンクリートを割る。)

② ガラ積み(割れたアスファルトやコンクリートの固まりを道路から出し、トラックへ積む。)

③ 砕石入れ(ガラを出した部分に砕石を敷きつめる。)

④ 仮復旧(砕石をランマーで固め平面にし、アスファルトを打設して道路を仮復旧する。)

⑤ 掘削(ユンボやスコップ等で仮復旧した状態の道路を掘り下げる。)

⑥ 配管(ガス管を新しく配管したり、古い管を入れ替えたりする。)

⑦ 復旧工事(工事前と同じように道路を舗装し元どおりにする。)

久雄ら出稼ぎ労働者は、機械手元作業員として右①ないし⑦の作業のうち、ユンボの操作を除く全作業に従事していた。

(2) 証人宗吉勇尚の証言によれば、右全工事を一度で行うと掘削に時間がかかり交通の妨げになるので、右①ないし④の工事(上掘り)と⑤ないし⑦の工事(本工事)とは分けて行われるが、舗装の薄い道路では、右①ないし④の工事を行わず、初めから⑤ないし⑦の工事を行うことが認められ右認定に反する証拠はない。

(三) 同(3)(出稼ぎ中の生活)の事実のうち、次の(1)は当事者間に争いがない。

(1) 久雄は出稼ぎ中は、大阪府寝屋川市木田元宮二丁目七七二の四所在のつ吉建設事務所に併設された二階建プレハブ建物の二階にある約21.6平方メートルの部屋で、同郷の四人とともに生活していた。右建物の一階は事務室で、その隣には別棟のプレハブ建物があり、風呂と便所は別の付属建物の中にあつた。

(2) <証拠>を総合すれば、久雄らが居住していた部屋にはストーブやこたつなどの暖房器具はなかつたし、同室の五人の中で昼勤と夜勤に別れることもあり昼勤者が起きていることや、隣接建物の一階の食堂兼工具室及び付近の作業場からの物音のため、夜勤明けの場合、昼間よく眠れないこともあつたことが認められ、これに反する証人宗吉勇尚、同木下時盛の各証言は採用しない。

2  本件発症前日までの勤務状況

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証人佐々木常造、同佐々木宏の各証言は採用しない。

(一) 久雄は、昭和五三年は、一一月六日からつ吉建設に勤務するようになり、同日以降本件発症日前日までの就労形態は別表(二)のとおりであり、全就労日数六八日のうち昼間勤務は二六日、夜間勤務は三一日、昼間及び夜間の両方に勤務した日は一一日であつた。また、本件発症一か月前から発症前日までの就労時間等については別表(三)のとおりであり、一月二二日と同月二五日には昼間の勤務後数時間休息して引き続き深夜に及ぶ夜間勤務に従事しているし、二月六日から九日までの四日間は連続して夜間業務に従事した。

(二) 久雄は二月一〇日は雨のため休み、翌一一日も休日のはずであつたが、当日におけるつ吉建設からの指示により、久雄ら五人の出稼ぎ労働者は大阪城を見物に行くついでに、大阪市城東区内で道路手直し工事に約二〇分間従事した。

(三) なお、つ吉建設では毎月第一及び第三日曜日を休日にするという方針をとつていたが、現実には仕事の受注時期及びその工期の都合などで休日は一定していなかつたし、夜勤の指示も当日の夕方か前日の夕方になされるのであり、昼勤と夜勤の割合も不規則であつた。また、天候に左右され、雨のため作業ができないときは休みとなつた。(右(一)ないし(三)の事実のうち、久雄は昭和五四年二月六日から九日まで四日間連続夜間業務に従事したこと、同年二月一〇日は仕事は休みであつたこと、翌一一日も休日のはずであつたが、大阪城を見物に行くついでに作業に従事したことは当事者間に争いがない。)

3  本件発症当日の作業内容

(一) 請求原因3(三)(1)(当日予定されていた作業)の事実のうち、次の(1)は当事者間に争いがない。

(1) 久雄の発症当日の昭和五四年二月一二日は、本件現場でガス管の敷設工事が予定されており、昼間に四車線道路を東西に横断し、長さ一七メートル、幅約0.8メートルにわたつて、舗装割り、砕石入れ、仮復旧までを行うことになつていた。

(2) 原告は、つ吉建設は同日の夜間、同現場において作業を行う予定であつたと主張し、証人佐々木宏の証言にはこれに副う部分もあるが、反対趣旨の証人木下時盛、同町浦常雄の各証言及び右町浦の証言により真正に成立したものと認められる乙第九号証の一に照らし採用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 久雄の当日の作業

<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができ、右各証拠のうちこれに反する部分は採用しない。

(1) 久雄は、当日午前六時ころ起床し食事を済ませた後、午前八時ころ、現場責任者の木下時盛(以下「木下」という。)、作業員の町浦常雄(以下「町浦」という。)、同佐々木常造(以下「常造」という。)及び同佐々木宏(以下「宏」という。)とともに、砕石や道具類を積んだ二トントラックに乗り、右木下の運転で、前記つ吉建設事務所を出発し、午前八時四〇分ころ本件現場に到着し、全員で、道路作業明示の立看板や安全柵を設置するなどの準備をした。

(2) 久雄らは、午前九時ころからブレーカーを用いて舗装割り作業を開始した。ブレーカーは二台用意されており、一台は久雄と常造、他の一台は木下、町浦と宏の組み合わせで担当することになつた。木下は現場監督であり、トラックを運転して大阪市鶴見区までガラを捨てに行き砕石を運んでくる等の作業を担当していたため、他の者と比べてブレーカーの操作時間は短かつた。

(3) ブレーカーを操作していない者は、舗装を割り始めるとしばらくして出てくるガラ(アスファルトやコンクリートの割れた破片)を路上から出しトラックへ積むといういわゆるガラ積み作業を行つていた。なおガラのうち大部分は舗装割りを行つた部分の埋め戻しに用いられ、トラックへ積むのはそれ以外の大きなガラのみであつた。本件現場ではガラ積み作業はすべて手作業で行われ、大きなガラは一五キログラム程度あつた。

(4) 舗装割りとガラ積みが終わるとスコップで砕石を敷きつめ、ランマーで固める作業(以下砕石をランマーで固めることを「砕石固め」という。)を行つた。舗装割りから砕石固めまでの作業は一車線ごとに行われ、その車線で右一連の作業が終了すると安全柵やコンプレッサーを次の車線へ移動し、新たな車線で舗装割りを開始した。仮復旧工事の仕上げ作業であるアスファルト打設は四車線全体の砕石固めが終了した後、行うこととなつていた。

(5) 久雄らは、午前九時ころから同一一時三〇分ころまでの間に、四車線のうち二車線において舗装割りから砕石固めまでの作業を終了し、午前中の作業を打ち切り昼食のため休憩した。

(6) 午前中、久雄と常造の組では、まず久雄がブレーカー作業を行い、同人が疲れると常造に交代し、同人が疲れるとまた久雄に交代するという方法で作業を続けたが、午前中は久雄と常造の両名が各三、四回つつブレーカーを扱つた。当時久雄は三九歳で体格も良く、他方常造は五四歳で久雄に比べて体力が劣つていたため、久雄は一回につき常造の約二倍の時間ブレーカー作業を行つていた。

(7) 昼食の休憩時間は午前一一時三〇分ころから午後〇時三〇分ころまでであり、道路端で持参の弁当を食べて休憩し、喫茶店などに入つて休養することはなかつた。

(8) 久雄らは、午後〇時三〇分ころからブレーカーを使用して三車線目の舗装割りを開始した。ブレーカーは午前と同じように久雄と常造が組み、まず久雄が三〇分ないし三五分操作した後常造と交代し、同人が二〇分位操作し、午後一時三〇分ころ三車線目(道路東端から12.2メートルの地点まで)の舗装割りが終了したところで、舗装の厚さが薄くなつていたため、四車線目は掘削の際機械で直接割れるとの判断により、ブレーカー作業を打ち切り、三車線目のガラ積みから砕石固めまでを行い、安全柵を片付けた。残るは仮復旧工事の仕上げ作業である三車線全体のアスファルト打設のみとなつた。久雄は、午後二時一〇分ころ、コンプレッサー車を運転して移動し終つたとき発症し、直ちに救急車で大阪市城東区内の大道病院へ運ばれ治療を受けたが、同日午後五時四〇分死亡した。(以上の事実のなかで、(1)の事実、(2)の事実のうち久雄らは午前九時ころから二台のブレーカーを用いて舗装割り作業を開始したこと、(3)の事実のうち皆でガラをトラックに積むガラ積み作業をしたこと、(4)の事実のうち舗装割りとガラ積み作業が終わるとスコップで砕石を敷きつめランマーでつき固める作業をしたこと、(5)の事実のうち午前中に四車線のうち二車線において舗装割りから砕石固めまでの作業が終了し作業を打ち切り昼食のため休憩したこと、(7)の事実のうち昼食の休憩時間を除いた事実、(8)の事実のうち午後における久雄のブレーカーの操作状況を除いた事実は、いずれも当事者間に争いがない。)

(三) 久雄のブレーカー作業時間

(1) 証人佐々木常造の証言によれば、一車線が終了して次の車線へ安全柵等を移動するのに、一〇分ないし一五分かかつたことが、前掲乙第二七号証によれば一つの車線の砕石入れと砕石固めに約一〇分かかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 前認定のとおり、久雄は常造と二人で組んで、午前九時ころから午後一時三〇分ころまでの間ブレーカー作業に従事し、この間、第一、二車線の砕石入れと砕石固め(一車線約一〇分)、車線の移動(一〇分ないし一五分)及び約一時間の昼食時間を含んでいるから、ブレーカー自体の操作時間は二人で合計約一六〇分ないし一七〇分と推定され、このうち年令と体力との関係から久雄と常造の操作時間の割合はおおむね二対一の割合であつたので、久雄のブレーカー作業時問は合計一一〇分程度と推定される。

(四) コンクリートの厚さについて

原告は、本件現場の道路ではコンクリートが厚く、これを割るために通常とは異なる強い力を必要とした旨主張するので検討する。

(1) <証拠>によれば、本件現場の道路ではアスファルト舗装の下にコンクリートがあつたことが認められる。

(2) <証拠>によれば、ブレーカーは人力ではなくその自重と機械力による振動を利用して穴を穿つものであることが認められるから、コンクリートに穴を穿つ場合、アスファルトのときと比べてより強い力を要するか否か疑問であるし、また前認定のとおり、四車線目は舗装が薄かつたため舗装割りを行わなかつたこと、三車線全体の舗装割りが合計三時間以内で終了し作業が順調に進んだことからして、本件現場ではコンクリート部分が厚いため舗装割りに特別苦労したものとは認め難い。

(五) 通常業務との差

(1) 前述のとおり、久雄は、当日他の四人と比較してブレーカーの操作時間が長かつたことが認められ、前掲乙第六号証によれば、昭和五四年一月一二日から同年二月一一日までの間に、久雄がブレーカー作業を要する舗装割りに従事したのは、一月一四日九時から一〇時三〇分まで、同月二二日二一時三〇分から二二時まで、同月二三日二一時から二二時まで、二月四日九時三〇分から一〇時三〇分までと一二時一〇分から一時まで(他の者と交代した時間も含む。)にすぎないことが認められるから、久雄は、当日通常作業と比べて、ブレーカー作業を集中的に長時間行つていたといえる。

(2) 当日昼食時間以外に休憩を取らなかつたのは前認定のとおりであるし、証人佐々木常造の証言によれば本件現場は交通量の多い幹線道路で緊張を強いられていたことが認められる。

(3) 他方、証人佐々木宏の証言によれば、本件現場のガラは通常のガラと比べて特に重量のあるものではないことが認められ、また前認定のとおりガラの大部分は埋め戻しに用いられるのであるから、本件現場ではガラ積みを要するガラの量が特別多かつたとは認め難い。

(4) 前述のとおり、舗装割りを行つたときには次の作業としてガラ積みを要するものであり、ブレーカーを操作していないときにガラ積み作業をするこは通常業務であるといえる。他に原告が通常業務と異なるとして主張する事柄が認められないことは、前述のとおりである。

4  ブレーカー作業

<証拠>を総合すれば次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 舗装割り作業は、ブレーカーによりなされていたが、当時使用されていたブレーカーはCB―三〇という機種で、全長約六〇センチメートル、重量はチゼル部分を除き約二九キログラムで、作業時にはこれを両手で保持しその先端のチゼルを路面に押し付けるような姿勢をとりながら切破するもので、作業方法は、まずブレーカーを路面に垂直に下ろし、その姿勢でブレーカーの自重とコンプレッサーからゴムホースを通して送られてくる圧縮空気を動力源とする振動を利用して路面に穴をあけ、ピストン振動を利用してブレーカーを移動し、何か所か穴をあけた後に、これを斜めに構えて路面をはがすというものである(舗装割り作業は、ブレーカーによりなされていたこと、作業時にはブレーカーを両手で保持し、その先端のチゼルを路面に押し付けるような姿勢をとりながら切破するものであることは当事者間に争いがない。)。

(二) ブレーカーは振動を発生するものであり、振動は人体に悪影響を与えるため、ブレーカーを含めた振動工具について、労働省労働基準局長により「チェンソー以外の振動工具の取扱い業務に係る振動障害の予防について」という通達がだされており、右通達では、金属又は岩石の切断や削孔等について、一日における振動業務の作業時間は二時間以内、一連続作業時間はおおむね一〇分以内とし、一連続作業の後五分以上の休止時間を設けること、それ以外の業務について、一日における振動業務の作業時間はできるだけ短時間とし、一連続作業時間はおおむね三〇分以内とし、一連続作業の後五分以上の休止時間を設けることとされている(以上の事実は当事者間に争いがない。)。また、ブレーカーは騒音を発生するものであり、作業員の耳元では約一〇〇ホンにもなる。

(三) 出稼ぎの作業員らは、ブレーカーの作業方法について特段の教育を受けておらず、防振保護具の使用はなく(防振保護具が使用されていないことは当事者間に争いがない。)、右のような振動や騒音、先端のチゼルが路面に食い込むまではブレーカーが跳ねるので力が必要でかつ気を使うこと、ブレーカーを斜めに使用するときには重量が身体にかかることなどのため、ブレーカー作業はつらい重筋作業であるので敬遠していたし、久雄も同様に考えていたものと推定できる。

三右認定事実によると、次のとおり判断することができる。

1  久雄は、昭和五一年以降毎年一一月から翌年三月まで出稼ぎにきていたもので、出稼ぎという生活環境の変化に加え、同郷の者と同室であつたとはいえ、プレハブ建物の一室で五人が生活することは、夜勤明けの昼間よく眠れないなどの支障があり、精神的緊張をもたらし、かつ肉体的疲労を蓄積させるものであつた。また、居室に暖房器具がなかつたことは右緊張及び疲労の蓄積を助長するものであつた。

2  つ吉建設では、仕事の受注時期及び工期の関係等で規則正しい勤務時間を組むことができず、したがつて夜勤(午後五時ないし六時から午前二時ないし三時半まで)が連続したり、昼勤(午前七時半ないし八時から午後三時ないし四時半まで)に引き続いて夜勤に、または夜勤に引き続いて昼勤に従事することもあつたし、さらには夜勤、昼勤、夜勤(一一月二四日二五日、一二月一四日一五日)、または昼勤、夜勤、昼勤(一二月二四日二五日)と連続して従事することもあつた。本件発症前一か月をみても、一月二二日は昼勤に引き続いて夜勤し、その翌日は夜勤に引き続いて昼勤し、その翌日(二五日)は昼勤に引き続いて夜勤し、二月一日は夜勤に引き続いて昼勤し、二月六日から四日間は連続して夜勤に従事している。その間休日があるとはいえ、このような不規則な就労、殊に冷え込みの強い冬期の屋外における深夜作業の連続は前記住環境とあいまつて一層の精神的緊張をもたらし、かつ肉体的疲労を蓄積させるものであり、高血圧症に悪影響を及ぼすものであることは容易に推認することができる。

3  本件発症当日の久雄の作業内容は、本件現場におけるガス管の敷設工事であり、他の四名とともに、四車線道路を横断して舗装割り、砕石入れ、仮復旧をすることであり、右工事は通常の工事内容であるが、寒冷でかつ交通量の多い幹線道路上の工事であるため精神的緊張が要求された。工事は午前八時四〇分ころ着手され午後二時過ぎに(ただし、午前一一時三〇分ころから午後〇時三〇分ころまで休憩)三車線分の砕石固めまでを終えたが、この間、久雄らは右作業に順次従事し、久雄はそのうち合計約一一〇分の長時間をブレーカー作業に従事した。ブレーカー作業はそれ自体重筋作業であると同時に、騒音と振動を伴う作業であるので、長時間の従事はその従業員に精神的肉体的悪影響を与えるものである。久雄はその直後の午後二時一〇分ころ本件発症に遭遇した。

四以上一ないし三項に、<証拠>を総合して判断すると、久雄の高血圧症(基礎疾病)は中程度のものであり、その自然増悪により脳出血(本件発症)が引き起こされたものとは認め難く、むしろかかる状態に至つていなかつたものと推認されるが、他方、出稼ぎという生活環境の変化と暖房のない住環境及び昼間、夜間の不規則な勤務に、休息時間の少ない連続勤務等が加わることによつて精神的緊張が持続しかつ肉体的疲労が相当蓄積されて久雄の高血圧症に悪影響を及ぼしていたところ、発症日直前に四日間連続して寒気の強い夜勤に従事したうえ、発症日には交通量の多い幹線道路でブレーカー作業に比較的長時間従事したため、これらが久雄の高血圧症を急激に増悪させて本件発症を惹起せしめたものというべきであり、業務が基礎疾病と共働して死亡の原因を招いたものと認めるのが相当である。右認定及び判断に反する<証拠>は採用しない。

したがつて、久雄の死亡と業務との間には相当因果関係があり、同人の死亡には業務起因性を認めることができるというべきであるから、同人の死亡が業務上の事由によるものでないとした被告の本件処分は違法である。

第四結論

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中田耕三 裁判官土屋哲夫 裁判官下野恭裕は転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官中田耕三)

別表

(一)

昭和年・月・日

(坐位)

(臥位)

49、6、13

150―100

51、4、上旬

180―124

174―110

5、12

132―86

144―90

5、25

158―98

168―108

6、17

150―96

7、18

110―90

130―110

7、23

142―98

146―98

9、14

120―80

144―90

9、27

158―94

170―104

11、17

180―114

196―132

11、20

140―100

170―110

52、1、 8

154―102

170―110

4、19

152―98

164―100

5、13

120―90

170―80

6、 3

126―86

164―90

6、 8

106―70

124―80

6、16

120―80

160―80

6、20

140―88

10、24

204―120

192―110

11、 4

160―120

170―108

11、 7

174―108

190―110

11、 8

156―106

154―104

11、 9

170―112

180―120

11、10

162―104

156―100

11、11

166―108

154―100

11、12

156―98

170―106

12、30

164―110

180―130

53、1、 6

170―104

190―102

6、 14

190―120

(注) 血圧の単位は mmHg

別表

(二)

11月

就労形態

12月

就労形態

1月

就労形態

2月

就労形態

1日

夜間

1日

休日

1日

夜間

2日

休日

2日

休日

2日

昼間

3日

休日

3日

休日

3日

昼間

4日

休日

4日

休日

4日

昼間

5日

夜間

5日

休日

5日

休日

6日

夜間

6日

夜間

6日

休日

6日

夜間

7日

昼間

7日

夜間

7日

休日

7日

夜間

8日

昼間夜間

8日

休日

8日

昼間

8日

夜間

9日

夜間

9日

昼間

9日

夜間

9日

夜間

10日

夜間

10日

昼間

10日

休日

10日

休日

11日

夜間

11日

夜間

11日

昼間

11日

昼間

12日

休日

12日

夜間

12日

昼間

13日

昼間

13日

夜間

13日

休日

14日

昼間夜間

14日

夜間

14日

昼間

15日

夜間

15日

昼間夜間

15日

休日

16日

昼間

16日

休日

16日

昼間

17日

昼間

17日

昼間

17日

昼間

18日

休日

18日

昼間夜間

18日

夜間

19日

昼間

19日

夜間

19日

昼間

20日

昼間夜間

20日

夜間

20日

昼間

21日

夜間

21日

夜間

21日

昼間

22日

夜間

22日

夜間

22日

昼間夜間

23日

昼間

23日

休日

23日

夜間

24日

夜間

24日

昼間夜間

24日

昼間

25日

昼間夜間

25日

昼間

25日

昼間夜間

26日

休日

26日

昼間夜間

26日

休日

27日

休日

27日

休日

27日

昼間

28日

昼間夜間

28日

休日

28日

昼間

29日

夜間

29日

休日

29日

休日

30日

夜間

30日

休日

30日

夜間

31日

休日

31日

休日

(注) 「昼間」とは昼間に就労したことを、「夜間」とは夜間に就労したことを、「休日」とは就労しなかったことを意味する。

同一日に「昼間」と「夜間」があるのは、昼間と夜間の両方就労したことを意味する。

別表

(三)

月日

始業時刻

終業時刻

就労時間

1月12日

7:30

16:30

8:00

13日

休日

14日

8:08

16:50

7:42

15日

休日

16日

7:26

16:00

7:34

17日

7:29

16:10

7:41

18日

17:22

午前 3:00

8:38

19日

7:17

15:30

7:13

20日

7:35

16:35

8:00

21日

7:40

16:30

7:50

22日

7:31

14:00

5:29

22日

18:46

午前 3:30

8:44

23日

18:17

午前 2:00

7:43

24日

7:30

15:00

6:30

25日

7:30

15:30

7:00

25日

17:25

午前 1:30

8:05

26日

休日

27日

7:30

16:00

7:30

28日

7:30

16:00

7:30

29日

休日

30日

16:57

24:00

6:03

31日

休日

2月 1日

17:50

午前 3:30

9:40

2日

7:33

14:30

5:57

3日

7:51

15:00

6:09

4日

7:48

16:20

7:32

5日

休日

6日

19:05

午前 3:00

7:55

7日

17:53

午前 3:30

9:37

8日

17:42

24:00

5:18

9日

18:03

午前 2:00

7:57

10日

休日

11日

不明

不明

0:20

(注)「午前」とは翌日の午前の時刻を意味する。

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